2009年6月8日月曜日

vol.1 兵士と巡礼者

01 兵士とリネ2 RMT rmt巡礼者
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 かれは長袖つきの肩掛けを羽織っていた。
 その枯草色の地味な肩掛けは、ボタンや金具を解くと、丈夫な一枚の布になり、さまざまな事柄に使えるすぐれものなのだが、いまのところ着用者にそんな気はさらさらなかった。

 オリーブ色のぴったりとした厚めの肌着や、短い脚衣に弾性タイツの装いは、夏が終わったばかりの褪の季節にはふさわしいが、落葉と結実の秋には肌寒い。

 膝頭からとびでる長さの脚絆(きゃはん)や爪先のとがった登山靴は、統一王国ありし頃から続く古い家柄の擬革職人の手による一品で、本皮よりもよく馴染み、しなやかで、本皮とは異なり、皮を剥ぐためにぶち殺した家畜の呪いにさいなまれずにすむ便利な装備品であった。

 生まれてこのかた一度も染めたことのない絹糸色の髪は、粗雑な編みかたで一本の太い三つ編みにまとめてあった。アーモンド形の眼に、トネリコの葉の形の耳という、美しい人間(エルフ)の理想的な条件をかねそなえているものの、瞳はどこか冷笑的で、耳の先端はすこし削れており、端正な顔つきはつねに不機嫌そうにゆがんでいるのだった。

 体躯(たいく)は、人間の中では高いほうであり、細長い腕や脚、ほっそりとした指は、しかし、どことなく蜘蛛や甲虫の肢を思わせた。

 奥深い森のなかで、かれは杖を使って立ちあがり、矢車菊の花――仲間がみな散って季節のなかに取り残された青い矢車菊の花をさけるようにして歩きはじめた。

 すぐ近くの茂みから、儀礼的な誰何(すいか)の声がして、かれは素直に立ち止まった。逃げようとも考えたが、この距離では、自分のする息の音さえ相手に聴こえていることだろう。

 

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